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「家族という暴力」3

しつこいですがまだ続いています。でも今日で終わりです。(一応)



 

中川信子氏の「ことばをはぐくむ?発達に遅れのある子どもたちのために」という本をちょっと前に読みました。同じ著者の「子どものこころとことばの育ち」 も読みました。



これらの本の中で出てきた「受けとめること」について考え始めたところでした。そうしたら呼応するかのように「家族という暴力」の中にも見つけたのです。



芹沢氏の考えをまとめてみます。



子どもは生まれると愛着人物を求める。生んだ<母親>である必要はない。子どもにはその愛着人物に対する愛着行動がある。(例えば愛着人物が部屋を出ると急に泣き叫ぶ。子どもがおびえていたり疲労していたりする場合、愛着人物にしがみつく、など)この愛着行動は本能的行動である。そういった行動、発信を感じ反応することで子どもの存在を受けとめる。子どもは受けとめられ体験をとおして受けとめ手を愛着人物として選ぶ。そうした受けとめ手を<母>と呼ぼう、とした。母親には産めばなれる。しかしそのまま<母>になるわけではない。<母>は実母である必要はない。子どもの中で<母>が成立するには、特定の人物によって愛着行動を受けとめてもらい、その態度に信頼、安心でき、安定がもたらされたとき、つまり愛情が生まれることと子どもの内部に<母>が成立したこととは同じだ、と。虐待は子どもの愛着行動、愛情表出を受けとめようとしないこと、子どものまるごとの受けとめ手になることを拒絶することだ、と。



子どもを丸ごと受けとめる、ということ。それは子どもに何も条件をつけない、ということ。子どもが受けとめられるために条件がいるとき、つまり子どもの側に満たすべき条件が必要なとき、家族のエロス(愛情という言葉になるかと思います)はとても弱い、衰弱している、と。あるがままであることを許されないという家族の状況、これは日本の現代家族の状況に関わっているはずだ、と。



丸ごと,という言葉。あるがまま,という言葉。これはまた前述した中川信子氏の本「子どものこころとことばの育ち」に見つけた以下の箇所を想起させます。





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(お稽古事に一生懸命になるお母さんを見て)

根本にあるのが「子どもには幸せな人生を送ってもらいたい」という親として当然の願いであるとしても、「ほかの子に遅れをとらないため」「より高い付加価値をつける」ことがいつの間にか目的になってしまうのはちょっと違うのではないかと思います。(中略)



でもね、子どもは売り物でも製品でもないんですよね。生命を与えられて「そこにいる」「存在する」(be) です。





生命がどこからともなく突然あらわれ、ここに存在することの不思議、、、、、。子育ては、子どもを通してそこに「存在する」「いる」(be) ことそれ自体の深い価値にふれる現場です。





子どもをできるーできない(do)の規範でみない、そこにいる(be)だけで奇跡な存在なのだという思いをもって子どもをみる、気長にいっしょに付きあってゆこうとする、楽しい時間を共有することが大事。こういう見方が今の子育てには欠けていると思えてなりませんし、私はそういうことを、一般の子育てをしている方たちに伝えてゆきたいと思うのです。



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「条件をつける」、という言い方、とても言い得て妙だと思いました。

自分の子を受けとめる為に「~~でなければならない」と考えるわけです。

障害持ってたら、とか。算数ができないと、とか。ピアノくらい弾けないと、とか。私立中学受からないと、とか。



親の持つ子ども観、それに合ってないと受けとめられない。受けとめられ感を持たない子どもは喪失感を抱えて安定した感情を持つことができないのですね。丸ごと受けとめてもらった子どもは安心して外へ出て行くことができる。



ここまで突き詰めて考えられて良かったです。私のこれからの生き方に光明を与えてもらいました。何だか一つ、脱皮できたみたいな感じがします。そらまめさんが以前、呼んでいた「天然どんぐり母さん」には全く必要ない思索なんですよね。でも私には必要でした。いつでも100点を取ろうとする完璧母さんだったので。



紹介して下さったそらまめさん、有難うございます!

とてもすっきりしました。気持ちが洗われた感じです。「母という暴力」も手に入れました。まだ読んでいませんが、子どもをwholeでとらえる、という箇所が出てますね。またゆっくり読んでみます。



ほんとに感謝しています。どんぐりの出会いが色々な出会いをよんでくれたことに感謝します。



子どものこころと言葉についてはまだ書きたいと思っています。












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