紫陽花便り

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英語教育についていろいろ考えてみたのだが

一生懸命本を読みながら考えていて、結論は出てるのですが、それを

文章にするってとてもタイヘン!!!!

とりあえず、書いたことをアップします。

でも、論理的じゃないし、穴だらけだなって初めから思ってます。

はじまり~~。


小学校での英語教育導入に反対という前提で書きます。

日本にいて外国語を習得するとき、私たちの母語である日本語を介さず

には何もできない。

英語を英語のまま理解する。英語の授業を全て英語で行う。

なんてことは、英語導入にあたって意味がないどころか、負の効果

しか生まない。



私のこども達はヨーロッパのある国で、4歳、6歳で

インターナショナルスクールに通い始めました。

日本人学校があればもちろんそう選択したでしょう。現地語と英語を考えた

結果、親の負担の少ないであろう英語を選択しました。

インターでは、英語ネイティブ(即ち、アメリカ、カナダ、

オーストラリア、ニュージーランド)の先生たちが、英語で授業をしました。

年齢の低さ、内容が高度ではなかったことで、思ったより短期間で

順応していきました。小学校高学年、中学でやってきた生徒たちは

苦労していました。

それでも、時間はかかっても、毎日がそういう状況下であれば彼らも

英語を英語として理解していっているようでした。(これに関しては

もうちょっと聞いてみる必要がありますが)

家での言葉は日本語、学校での言葉は英語、それぞれが独立しているのです。

英語の理解に日本語は介在していませんでした。

もしかしたら中学生はそうじゃなかったかもしれません。

家庭教師などをつけながら

英語を日本語に置き換えていたかもしれません。


長女は6歳から10歳までそのような状況にいました。そして現在中一で

初めて学校で英語を習っています。

英語そのものについて彼女から言及はありませんが、私の好奇心で、

英語ー日本語の相互理解について質問してみました。

そうしたら、初めて、"is" の意味がわかった、と言っていました。

今まで、What's this? の全体の意味はわかっていたが、

それぞれ日本語でどんなイミがあるのか、わからなかった、

と言っていました。

ということは、彼女の中の英語にスポットを当ててみると、

その英語を日本語にして考えるということは今までなかったわけです。

What's this? は、日本語を介在させずに、そういったイメージ、

記号でしかなかったわけです。

this, がこれ、という言葉に置き換えられる、ということすら知らなかった,

と言います。

いや、彼女曰く、知ってはいたんだろうけど、それを意識することは

なかった、ということです。


このことは英語に触れた年齢が低かったということ、自分のアイデンティティを

突き詰められるような場面がなかった、ということに由来するのだと思います。

じゃあ、そういう言語の習得過程があるじゃないか、日本でも可能じゃないか、

と思われるかもしれません。

否、です。

彼女たちの経験は特殊で、そういった環境下においてのみ

という条件がつきます。

学校に日本語を解する人が皆無の状態で、子どもは英語で学ばされるわけです。

英語がわからないと生きていけない、というぎりぎりのところで学んだわけです。

翻って、日本において、この海で守られた、他と国境を共有することない

国において、母語である日本語で大学院においてですら高度な教育が受けられるという

状況で、まず、英語が生活する上で必要である、と感じることができる人は

どれだけいるでしょう。

いや、 小さいうちから英会話教室、英語で育児などといった流れをみると、

オトナになってから自分はできなかったけど子どもにはそういう思いをさせないよう

躍起になっているとしか思えない状況です。それだけです。

英語を勉強する必要性は感じなかったけれど、親になると、子どもには英語は

できていってほしいというエゴ、とも言えるかもしれない。

英語教育原論にもありましたが、日本という国はその人口の規模からいっても、

音楽や演劇、テレビなど、日本独自のものを作り、消費し、日本の中で

機能できる国です。

そういう状況で、日常生活で必要でない英語を、英語で授業をすることがどれほど

滑稽なことか。

まして日本人の先生が英語で授業をするなんてことは

自然じゃない。生徒は自然じゃないことにとても敏感です。



私が今日言いたかったのは、日本において、ESL的アプローチ、英語を浴びれば

そのうちわかるようになる、という方法は成立しない、ということです。


とりあえずここまで書いてアップします。

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Comment

まったく同感です。 

はじめまして。mcmaskyと申します。

足あとリストにあじさいさんをお見かけして、訪問させていただきました。

上記の英語教育に関する記事、たいへん興味深く拝読させていただきました。

お子さんを通じて実体験を綴られているので、研究として携わったことのある者としては、生の声として大変勉強になりました。

私自身はもちろんあじさいさんのお子様のような経験はないのですが、まったくもって、あじさいさんのお考えに同感です。

英語に親しむことは大切ですが、英語で授業をすることに何の意味があるのか、バイリンガルどころか、セミリンガルを大量生産したいのか、現在の英語教育の行く末が迷走していることが窺えます。

私はまだ1歳の娘の子育て中ですので、英語教育の現場のことは無知なのですが、そうした関係の研究をしていたからこそ、母国語を大切に育てていきたいと思っています。

自分と同じように考えていらっしゃる方の記事を読んでたいへん共鳴を受けたので、こうしてコメントさせていただきました。

これからも、ぜひともご意見をおきかせください。
楽しみにしています。
  • posted by mcmasky 
  • URL 
  • 2010.08/06 14:21分 
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道具である英語なのに 

究極的には英語を勉強するのが好きな人と、英語の必要な人が必要なときに学ぶシステムになればいいのにね。

表現のツールである英語を学ぶこと自体がゴールになっているのが残念だよね。

……という考え方自体も一度、国を出たから言えることかもしれないけどね。

私が英語を勉強してよかったことは英語を話す人たちと会って、いろんな考え方に出会ったこと。そのことで自分が苦しんだり、また楽になったりして、視野がそれ以前より広くもてるようになったことかな。同時に日本のいいところも見えたり。最終的には自分のアイデンティティをぼんやりとでも理解して納得するのに大きく役立った。

なんて複雑なこと考えて英会話学校に子供を通わせる親はいないよねwww。要は、英語はもっとおっきくなってからでも充分間に合うよ~、ってことだね。

  • posted by kat 
  • URL 
  • 2010.08/07 17:13分 
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激しく同感!!! 

 はじめまして。
 ご意見に激しく同感します。
 ESL環境ではない日本に、ESL的な教授法や考え方を導入したことに、そもそも問題があります。それは、小中高のどの段階の英語教育にも当てはまると思います。
 明治以来の伝統をもつ、日本人に適した英語教授(学習)法(文法訳読、英文解釈)を悪者扱いして、コミュニケーションが大切だだ、実際に使って自分のものにする必要があるとか言って、あるいは、受験のための英語か道具としての英語かというような、意味のない対立をあおって、「会話」を中心とした教授内容、教授法に変えていった結果、日本人の英語力はここ20年で低下しました。それを反省もせずに、高校の授業は英語でというばかばかしい方針を出したり、条件整備もせずに小学校英語を導入したり、ただ英語が話せるというだけの人間をALTとしてたくさん雇って、われわれの税金を無駄遣いしたりしている、文部官僚の浅はかさ。
 母語である日本語を介して英語を学習することが、もっとも効率的であり、同時に、母語である日本語を磨く機会にもなり、学びが深くなるというもの。それを経て、必要ならば、会話やスピーチ、朗読などの音声化の訓練も取り入れながらやっていくのがいいと考えます。
 どうにかしないと、日本人全体の知性がどんどん低下していきます。

mcmaskyさん 

コメントありがとうございます!お返事遅くてすみません。

お子さん、まだ一才なんですね!!大変でしょうが、子どもが小さいときは一瞬で終わってしまうので、どうぞ楽しんで毎日を一緒に過ごしてくださいね!豊かな母語を育んでいってください。

ご研究をされていたとのこと、私は今になってのろのろと本を読んだり、考えたりしています。今は夏休みなのでいろいろ考えることができて、良いときを過ごしていますが、また学校が始まったらその余裕もなく、時間に追われる日々になると思います。

自分が考えた事を文字にすることで、よりいっそう自分の中での考えがクリアになっていき、更にこのように、同感するというコメントを頂けるととても有り難いです。これからも日本における外国語教育を一生懸命考えていきましょう!

  • posted by あじさい 
  • URL 
  • 2010.08/10 11:52分 
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katさん 

こっちにもコメントありがとう。

日本を出てわかったことって多いよね。日本のよいところって具体的にどんなところ?私はあんまり日本のよいところを見いだせなかったんだよね。あ、日本語の美しさというのは再確認したけれど。

昔と違って、学習指導要領で、コミュニケーション能力っていうことばが相当出て来るのね。英語でコミュニケーションっていったって、日本語でできもしないことを英語でできるわけないんであって、決まり文句を覚えた所でそれ以上のものは無理なわけで、何を中学で教えるかってこと、そのおおもとをちゃんと考えたいと思う。

katさんがいうように、英語に対する思いによって選択できるようにっていうの、わかる。中学ではずっともっと基礎になる考え、英語そのものじゃなくって、もっと広い広い意味で、違う言葉を話す人たちがいるってことを伝えていきたいなあと思う。私の経験でしか話はできないのであるが。
  • posted by あじさい 
  • URL 
  • 2010.08/10 15:21分 
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ポッピーママさん 

コメントありがとうございます。お返事とっても遅れてしまってすみません<(_ _)> 

とても深いコメントを頂いて嬉しい気持ちでいっぱいです。

>あるいは、受験のための英語か道具としての英語かというような、意味のない対立をあおって

ここのところ、本当ですね。ほんとうに意味のない。コミュニケーションコミュニケーション、と唱えることは空虚で現場の先生たちは振り回されっぱなしだと思います。確かに仰るとおり、英語力は低下しているかもしれません。教科書はびっくりするほど会話文ばかりだし、それを闇雲に暗記して、形だけのコミュニケーションができたところで、それを使う場面、場所がどれほどあるというのでしょうか。

私も、ポッピーママさんが言われるとおり、外国語は母語である日本語で勉強するべきだと思っています。これが結論なんです。私は中学校で英語を教えているので、英語で授業しろと言われずに済みそうですが、わかりませんよね、そのうち中学も、なんて馬鹿げたことにもなりかねません。週三時間だけで、読み、書き、話す、聞くまでをカバーするなんてことは相当なモチベーションの高いクラスでないと無茶なんだってこと、現場のことを知らないっていうことを自ら暴露しているだけだなあ、と悲しくなったりしています。

また記事を書きますのでよろしくお願いします!

  • posted by あじさい 
  • URL 
  • 2010.08/20 11:25分 
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Author:あじさい
音楽とビールが相変わらずスキです。どうぞ宜しく。

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